3-初恋の人

 江刺区街東部にある向山公園展望台のとなりに「川端康成ゆかりの地」の文学碑が建立されている。
 昭和49年、江刺文化懇話会が中心となり、建てられたものである。これは川端康成の“初恋の人”といわれる伊藤初代の生家が岩谷堂の増沢にあり、大正10年に学生だった康成が結婚の承諾をもらいに岩谷堂を訪れた、という由縁による。
 文学碑の除幕式には、青年時代、康成とともに江刺を訪れた作家の鈴木彦次郎、文芸評論家の長谷川泉、江刺区米里出身の詩人・佐伯郁郎も出席していたという。
 川端作品には、鋭敏な感性と詩的な表現によってつくられた鮮烈な叙情が漂っている。この中で、短編の『篝火』(かがりび)や『日向』(ひなた)などの自伝的な小説は、初代との思い出がモチーフになっている作品と言われる。また、川端文学の研究家には、『伊豆の踊子』や『雪国』など代表作に出てくる主人公の女性も、初代がモデルだと唱える人もいる。
 川端康成は、東大国文科に在学中にカフェーの女給をしていた初代と出会った。一度は結婚の約束をした康成と初代だったが、結局一緒になることはなかった。
 残念ながら、江刺を舞台にした作品は見当たらない。しかし、その後二人はそれぞれ家庭を持つことになったのだから、江刺が小説に出てきたのでは、いろいろ支障が出るということではなかっただろうか。
 しかし、縁というものは不思議なものである。康成と初代は、今、同じ鎌倉霊園に眠っている。

  伊藤初代と川端康成について、地道に研究を重ねてきた人が江刺にいました。先ごろ、他界された江刺市藤里の菊池一夫さんです。菊池さんは貴重な著作を残され、川端文学の研究に大きく貢献されました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 





川端康成の許婚者
「伊藤初代の生涯」
(平成3年2月刊行)


伊藤初代の生涯続編
「エランの窓」
(平成5年11月刊行)


 

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